大阪高等裁判所 昭和27年(う)2001号 判決
被告人は控訴趣意として縷々陳述してゐるが、これを刑事訴訟法が認むる控訴理由に照らして解すれば、結局原審の訴訟手続違背、原判示の採証の違法、事実の誤認及び量刑不当を主張とすることに帰するもののようである。
依て記録を精査して案ずるに、
一、先づ訴訟手続違背の主張(昭和二十七年十一月十七日附控訴趣意書)としては、被告人の原審に於ける弁護人に国選せられた弁護士は、共犯中島謙治がさきに強盗殺人事件で審理せられた際、同人のため官選せられた弁護人であつたものであるところ、中島謙治は被告人を主犯であるとして種々の供述をしたものであり、弁護人も亦その立場に於て弁護したものと思はれるからかかる弁護士は被告人の弁護人として被告人の利点を十分に弁護し得るやにつき疑がある。よつて該弁護士を被告人の弁護人に国選せられたのは不服であると謂ふのである。
しかし本件記録に依れば、原審に於ては弁護士辻本幸臣を被告人の弁護人に国選し、同弁護人出頭の上審理判決したものであるところ、同弁護士は共犯中島謙治に対する本件事実と同一事実に係る強盗殺人被告事件(旧刑訴法事件)の控訴審に於て裁判長より弁護人に選任せられ、その審理に立会つたものであることはこれを認められるけれども、刑事訴訟法令中共犯の一部の者に対する事件でその者の弁護人になつた弁護士を、後に別箇に起訴審理せらるる他の共犯の弁護士に選任できない旨の規定はない。尤も刑事訴訟規則第二十九条第二項には「被告人の利害が相反しないときは同一弁護人に数人の弁護をさせることができる」旨規定(旧刑訴法第四三条第二項も同趣旨)してゐるから、この反面解釈として利害が相反するときは同一弁護人に数人の弁護をさせることはできないものと解すべきであるが、これは共同被告人として審理せらるる場合か、少くとも審理は別としても共同被告人として起訴せられた場合にのみ適用せらるる規定で、別箇に起訴せられて審理せらるる事件については適用の余地なきものと謂ふべきである。
けだし右の如き規定を設けた趣旨は、同一弁護人が利害相反する数人の被告人の弁護を担任するに於ては、弁護人は同時に同一裁判所に対し、各被告人の利益に応じた例へば同一事実に関しても一方の被告人のためには、これはA事実なりと、又他方の被告人のためには、B事実なりと互に相矛盾した主張立証をしなければならない不合理を生じ、かくては被告人を代表してその利益を十分に発現することが困難となり、被告人の権利の保護を目的とする弁護の趣旨に反する虞れがあるからであるが、かかる虞は共同被告人として起訴せられ又は審理せらるる場合にのみ生ずべきもので、別箇の事件で別異に審理せらるる場合には相対関係がないからこれを生ずる虞はないものと謂はなければならない。
飜て本件は中島謙治に対する強盗殺人被告事件の死刑の判決確定しその執行終了後二年有半を経過してから同人の共犯として別箇に起訴せられたものであり、辻本弁護士が中島謙治の弁護人としての任務を執行したのは本件より四年有余以前のことであるからして、中島謙治と被告人とは共同被告人として起訴又は審理せられたものでないことは明らかであると共に、仮りに両人が共同被告人として起訴、審理せらるる場合に於てはその利害が相反する場合であつたとしても、既に中島謙治の事件は終結してゐる以上本件に於ては前掲規則所定の利害相反の関係はあり得ない場合であるから、前記弁護人が被告人の利益代表として行動するに何等の障害もない。故に原審がさきに中島謙治の弁護人に選任せられた弁護士辻本幸臣を被告人の弁護人に選任したことは何等違法ではないから、本論旨は理由がない。
一、次に採証違法の主張(昭和二十八年四月十一日附控訴趣意書)は、先ず原判決が証拠としてバツト(共犯中島謙治が犯行に使用したもの)を援用したのは不法であると謂ふけれども、原審に於てはかかるバツトの証拠調もせず、判決にも引用してゐないのであるから、この点の主張は理由がない。
更に論旨は原判決は中島謙治の供述調書を証拠として援用してゐるが、該調書は強制拷問又は脅迫による任意性のないものであり、又同人はその供述当時本被告人が既に自殺してゐたものと思い、被告人に罪をかぶせるため虚偽の陳述をしたものであるばかりでなく、同人は被告人が逮捕せらるる以前既に死刑の執行を受けたものであるが、元来同人と被告人とを共犯なりと見る以上検事は被告人が逮捕せられない限り右死刑の執行をなすべきでないのにその執行をしたのであるから、同人の供述調書は本件の証拠となすことはできないものであると主張するけれども、記録に徴すれば原判決引用の中島謙治の検事、司法警察官に対する聴取書、同人に対する被告事件の大阪地方裁判所、大阪高等裁判所の公判調書は、原審に於て被告人側が証拠とすることに同意したものであるし、又右供述調書記載の供述が強制拷問又は脅迫による任意性のないものであるとか、被告人に罪をかぶせるため虚偽の陳述をしたものであるとかの疑をはさむべき資料は、被告人の原審公判に於ける供述以外には見当らず、却て右中島謙治の供述内容に他の証拠を対照すればその供述は任意に真実を吐露したものと認められるから、右供述調書はすべて刑事訴訟法第三百二十六条第一項により証拠能力を有し、本件の証拠となすことができるものである。
又中島謙治は前記強盗殺人被告事件に基く死刑の裁判確定し、被告人が本件につき逮捕せらるゝ以前に該死刑の執行を受けたものであるが、元来共犯のある場合、そのすべての共犯者に対する裁判確定後に於て死刑の執行を為すを以て、後に審判せらるる共犯に対する証拠等の関係上望ましいことのある場合がないでもないけれども、死刑の執行については、旧刑事訴訟法に於ては第五百三十八条第五百四十条に、現行刑事訴訟法は第四百七十五条第四百七十六条に各規程するところで、これによれば旧法は死刑執行の時期を司法大臣(後に法務総裁)に一任し新法は判決確定より六ケ月以内に法務総裁(後に法務大臣)がこれを命令することとし、只共同被告人として審理せられてゐた者があつた場合にはその者に対する判決が確定する迄の期間等はこれを右六ケ月の期間に算入しないことになつてゐるのである。依て共犯の場合といへどもその一部の者の死刑確定し、他の者が未だ逮捕せられない本件の如き場合に於ては、未逮捕者は何時逮捕せられ審理を開始するに至るや不確定であるのに既に確定した者の死刑の執行を漫然遅延することは行刑上当を得たものでないからして、この場合旧法に於ては死刑の執行をなすや否やは一つにその必要性に基く司法大臣の裁量に譲り、新法に於てはこれを考慮する必要なく判決確定の日から六ケ月以内に命令しなければならないことになつてゐるのである。即ち未逮捕者がある場合その者が逮捕せらるる迄既に確定した共犯の死刑の執行を当然延期しなければならない規定も必要もないのであるから、法務総裁に於て共犯中島謙治に対する死刑の執行を、被告人の逮捕せらるる以前に於ても既に相当なりと認定してこれを命じたものなる以上、その執行は適法であつてこれがため所論の如く被告人の人権を尊重しなかつた違法があると云ふものでもない。又中島謙治の死刑が執行せられた以上同人の供述は反対尋問にさらし得る機会は既に求め得られないことになつたものではあるが、反対尋問は可能な場合にのみ許すべきものであつて死亡等によりその機会を得ること不可能な場合には、反対尋問にさらさないその者の供述書を証拠となし得べきことは刑事訴訟法第三百二十一条に於てこれを認めてゐるのである。依て仮に被告人側に於て右各供述書を証拠とすることに不同意であつた場合でも、中島謙治の死刑が正当に執行せられたため同人に対する反対尋問の機会がなくとも、その供述書は同法条により適法に本件被告人の断罪の資料に供し得べきものであることよりするも、被告人側に於て証拠となすことに同意した右供述書は、中島謙治に対する死刑の執行によりその証拠能力に何等の影響を与へるものではない。然らば原判決がこれ等を証拠に引用したことは適法であつて、採証違法の論旨は理由がない。